前回(【政治学03】政治体制の種類と比較)では、民主主義や自由主義といった、政治体制の2つの評価軸に沿って、政治体制を分類しました。
今回は、前回記事の内容を踏まえて、歴史上どのような政治体制が出現し、それらはどのような特徴を持つのかについて解説していきたいと思います。
政治体制の変遷

もちろん、すべてを網羅しているわけではなく、あくまで概略なのでその点はご了承ください。
古代~中世
世界で様々な文明が形成されるようになると、王政がしかれます。人々は、王の権威のもとに統治されるようになり、国家が形成されるようになりました。
しかし、古代ギリシアにおいては、アテネで民主制が発展します。この当時は、限られた市民によってではありましたが、直接民主制が行われました。
中世になると、宗教的な権威として、ローマ教皇が君臨するようになります。各国によって事情は異なるものの、このような宗教的な権威からの戴冠を経て、王政の正当性が認められるケースがありました。
近代
ヨーロッパは、ルネサンス、宗教改革、大航海時代などの変革期を迎え、近代になると市民革命が起きます。
イギリスでは、ピューリタン革命・名誉革命という2つの革命を経て、議会政治が成立し、それまで王や貴族に限られていたのから地主層まで政治参加が拡大しました。
また、フランスでは、フランス革命が起き、王が処刑されるという象徴的な出来事を経て、共和制が発展します。
この市民革命の時期に、現代にまでつながる民主制の端緒をみることができます。
2度の世界大戦
国際的に平和な19世紀を経て、世界は2度の世界大戦を経験します。
第一次世界大戦では、市民まで巻き込む総力戦となり、戦場となったヨーロッパの被害は甚大なものになりました。
ドイツでは、1919年にワイマール憲法が制定され、世界で初めて社会権を保障しました。これを契機に、福祉国家的な政策を国家が担うようになります。世界恐慌を経験したアメリカでは、ニューディール政策が行われました。
また、1917年のロシア革命を経て、ソビエト社会主義共和国連邦が成立しました。ソ連では、国家社会主義のもと、計画経済が行われました。
第二次世界大戦においては、ムッソリーニやヒトラーが登場し、「国家のため」が強調される全体主義が登場しました。戦時中の日本も、ここに分類されることが多いです。
戦時中は統制経済がしかれ、生活の自由度が奪われたこともありました。
戦後
戦後、イギリスでは、「ゆりかごから墓場まで」のスローガンに象徴される福祉国家的な政策が行われました。
また、日本でも戦後復興において銀行などは、様々な政府規制に守られながら発展を遂げました。
このように、戦後すぐの時代は、「大きな政府」を志向するような政策が行われたといえます。
1980年代以降
1980年代以降は、それまでの福祉国家的な政策に反対して、新自由主義的な政治家が各国で登場しました。
その代表として、イギリス首相を務めたマーガレット・サッチャーが挙げられます。彼女は、「社会などというものは存在しない」の言葉に代表されるように、政府に頼らない自助を求めるような政策を打ち出しました。
他にもアメリカではロナルド・レーガン大統領が出ます。日本の中曾根康弘も、三大公社の民営化に尽力し、この新自由主義の系譜にのることが多いです。
現在
現代においては、フランシス・フクヤマ『歴史の終わり』で述べられているように、自由民主主義が拡大しましたが、一方で、その反動とも呼べる現象が起きています。
それが権威主義国家の台頭です。
中国は、新型コロナウイルスの封じ込めで、自由主義国家よりも強権的な対策を講じることができ、その可能性について議論が起きることもありました。
また、民主主義国家でありながら、権威主義的な面が見え隠れするロシアやインドといった国も、国際社会での存在感を増しつつあります。
まとめ
今回は、政治体制の変遷について、解説してきました。
もちろん、実際の歴史はこれよりも格段に複雑であり、この記事は簡略化しすぎているかもしれません。
しかし、大まかな歴史の流れの把握としては役立つのではないかと思っています。
このサイトでは、他にも政治思想史や、歴史についての記事も連載しますので、よかったらチェックしてください!
