現代の日本では、自由民主主義が浸透していますが、これは常に歴史上そうだったわけではありません。
むしろ、人類が自由民主主義に出会い、国全体に広がり、さらにそれがきちんと機能したのは、ここ数十年のことだといえます。
私たちが「政治」というとき、この自由民主主義のもとで、どのように議会や内閣が仕事をし、投票がどのような効果をもたらすのかについて考えています。
しかし、同じ「政治」でも、歴史上はもっと多様な権力構造があり、制度が存在したのです。
この記事では、その多様性について理解することで、政治の起源について辿ってみたいと思います。
どんなところに政治が生まれるか
現在では、政治の役割は社会保障、教育、安全保障、経済対策など多岐にわたります。しかし、これらは歴史上のとある地点から人類が発明したものです。
それでは、どこに政治の起源を求めればよいでしょうか。
そこで、人類がまだ狩猟採集民族だった、先史時代を考えてみましょう。
日本を例にとると、縄文時代はまだ狩猟や採集によって生活していたとされています。
しかし、縄文時代末期に、大陸から稲作が伝わると、日本でも農業が営まれるようになりました。
弥生時代には、日本各地で稲作を中心に、食物を自力で生産するようになります。
定住と共同体の発達
それまで、狩猟や採集をおこなっていた頃は、資源がなくなれば移動しなければなりませんでした。
しかし、食物が生産できるようになると、人々は農地の周辺に定住するようになります。
そして、共同体として「ムラ」が成立します。
ムラの成立には、様々な理由が考えられます。農業をするのに一定程度の人手が必要ですし、仕事が増えたことで役割分担も必要になったでしょう。
政治の出現
このムラには、指導者と呼ぶべき、長老のような人が存在したといわれています。年をとって経験があれば、たとえ肉体的な能力は衰えても、より効率的に食糧を生産する知恵を提供してくれます。
このようにして、実用的な面からある種の権力が発展して、政治が生まれたのではないでしょうか。
他にも、食糧が生産できるようになると、水源などをめぐって争いが起きるようになります。この際にも、知恵のある者や、力を持っている人などに従うことで、秩序が生まれていったと考えられます。
再分配としての政治
また、政治の出現には、指導力だけでなく、再分配という要因も考えられます。
米は基本的に秋しか収穫できないので、収穫した米を一年間食べるために備蓄しておく必要があります。弥生時代には、高床式倉庫も発達しました。
こうして備蓄しても、人々が利己的に食べてしまえば、一年も持たずになくなり、飢えてしまう恐れがあります。また、来年の種まき用にとっておく必要もあるでしょう。
そこで、首長に管理を一元化し、共同体内のすべての収穫を首長に届け、適切に消費していくというしくみが発展したのではないかと考えられます。
このように、様々な要因によって政治の原型が生まれ、効率的な運営によってムラとしての生存率が高まり、政治の仕組みが受け継がれていったのです。
権力構造の多様性
こうして、各地で生まれた共同体は、合体したり、争いで支配・服従を繰り返したりして、大きな共同体(クニ)へと発展します。
日本も古墳時代には、ヤマト王権が関東地方から北部九州までの支配を確立していたことが知られています。
世界でも歴史上、各地で国や王朝が立ちます。しかし、各時代によってどのような権力構造があるのかは実に多様です。
そこで、実際にどのような事例があるのか、見ていきましょう。
部族社会の長
まず、これまで述べてきたような共同体の長があります。部族社会の長ともいえるでしょう。
これは共同体や地域で有力となった個人や家族が務めます。
時代が流れるにつれて、世襲などにより権力を持つ家系が固定され、豪族となります。
日本でも、各地に豪族が発達し、古墳時代には各々の権威を象徴する古墳を建造しました。また、律令制が確立すると、各地域の支配を担う単位として郡司の役割が与えられました。
都市の発達と政治
古くは古代ギリシアが有名ですが、都市国家としてポリスが発達しました。
ここでは、アテネのように民主制が行われる場合もあれば、少数の人によって支配体制がつくられる寡頭政治が行われることもありました。アテネの場合は、直接民主制が行われました。
ローマ帝国でも、寡頭政治が行われましたが、市民が政治に参画する機会も徐々に整備されました。このように、しだいに制度が発展していったといえます。
中世の封建制
中世になると、各地で荘園が発達し、封建制的な支配が確立しました。
ここでは、荘園領主が権力を握り、各地域を支配する単位として機能しました。また、ヨーロッパでは宗教的な権威として、教会も確立しました。
日本の場合も、貴族だけでなく、寺社も荘園領主になり、権力機構の1つとなりました。
近代国家の成立
市民革命やウェストファリア条約など、いくつかの契機を経て、近代国家が成立しました。
近代国家では、絶対王政による国家の統一的な統治が成立しました。
一方、現代につながる系譜として、イギリスでは早い段階から議会が成立しました。そして、徐々に貴族の手から地主階層、市民へと、政治参加が拡大しました。
また、フランス革命では、王政が打倒され、共和制が成立しました。
国家として統一的な支配が始まったため、国民国家が意識された時代でもありました。
現代の権力機構
この後も、様々な過程を経て、現代へと至ります。
現代では、多くの国で住民の選挙を基盤とする民主制が確立しました。一方で、王政は減少しましたが、特定の政治家による独裁政治が行われている、権威主義的な国家も存在します。
詳しくは以下の記事で解説していますので、ここでは省略させていただきます。
まとめ
以上、政治の起源とその進化の過程について解説してきました。
冒頭でも述べましたが、政治の研究ではどうしても現代の体制に注目があつまりますが、このような歴史も重要な研究分野です。
当サイトでは、他にも政治学についての解説記事を執筆しておりますので、よろしければご覧ください。
また、当記事が参考になったという方は、SNS等でシェアしていただけると、励みになります
よろしくお願いします!

